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こだまなくらし
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あなたの ハートに 「やっほー」と いえば 「やっほー」と こだまが かえってくるよ ・・・
・・・あなたが 「こだまな くらし」を したら  ゆたかさ あふれる せかいに ゆくよ
あなたの ハートの なかにある ひかりの あいを ひびかせた
「こだまな くらし」 つくってね

やさしい自然に囲まれた場所から 「いま・ここ」の喜びを発信しています。
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ただ・・・愛してる

2012/01/27 09:37

先日雪かきをしていて、突然コトバにならない感覚がやってきました。

そして、「ただ・・・愛してる」ということが見えてきました。

 

涙が溢れてきましたが、

実際には何故泣いているのかさえもよくわかりません。

 

ただ、全てを素晴らしく感じていたということだけは確かでした。

またそれは、無垢で無条件な感覚でもありました。

そして、コトバに出来ないのですから、

ここに書いても皆さんに説明は出来ませんが、

それがやってきた訳はわかりました。

 

それはやはり、わたしが決めたからでした。

「愛だけを感じる」・・・と。

そして先日ここに乗せたメール交換

雪下ろし、書き下ろしでもそのことや、

「4歳児でい続ける」ということを書き、

それらが実際の体感となってもたらされたのでした。

 

だから、やっぱり「決めることはすごい」と感じましたが、

それらの体感がやってくるともう、

その状態でいるのが当たり前でいられるようになってきます。

自分に言い聞かせたり、気を付けたり、

信じようとして頑張ったりすることもいらなくなるのです。

 

雪かきをしながら滂沱の涙を流しているわたしって・・・(笑)

でも体感を自分にもたらして実際に知るためには、

何でも、自分で決めること・・・ということも見えてきました。

 

・・・という訳で、前回と同じことでしたが書いてみました。

 

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当たり前の感覚・・・体感

2012/01/24 11:31

チャネリングメッセージを書いているのは確かに私だけれど、

もしも始めから全て出来ていたら、

きたものを書こうとも思わなかったでしょう。

 

だから、色々書いてはいても、

なかなかそう出来ないことも多く在りました。

・・・いや、まだたくさん在ります。

 

それは、疑っている・・・というわけではなくて、

自分でも良く見えていなかったからでした。

 

そしてその中でも、「神と決める」・・・ことは、

きちんとやっていなかった・・・、

まあ、そうなんだろうな、スピリット(ガイド)たちもイエスもラムサも

みんながそう言うんだから・・・、くらいの軽い感じで済ませていたのです。

 

何故なら、ちょっとした違和感や抵抗感があり、

おこがましさや気おくれ感があったから・・・。

そしてそれは確かに「ちょっとした」・・・違和感・抵抗感だったので、

見過ごしてそのままにしていたのですが、

 

ある時、突然「あ・わたし・ちゃんと決めてなかったな〜・・・」と気付き、

別に害もないだろうし、決めよう・・・と感じて、

「わたしは神だ」・・・と、ただ・・・決めました。

 

すると、1週間位して、ある日突然、

「何だ、それ以外考えられないのに今までなんでわからなかったんだろう」

・・・といった納得感がやってきました。

 

それは「わたしは神だ〜」と叫んだり、暴れまわったり(笑)、

あるいは何かが急に出来たり・・・といった特別なものでもなく、

ただ・・・そうと知っている・・・という感覚、

自分の名前がわかるような当たり前の感覚でした。

 

それは、しばらく前のことだったのです。

でもそのことは、ここに書かないでいました。

それは、私の中にまだ少し、色んな戸惑いがあって

 

「そう感じるけれど、何か特に出来るようになったわけでもないし、

別に発表するようなモノでもないな・・・

だって、それは・・・わたしはkodamaです・・・って改めて言うような感じで、

なんだか、コトバにも出来ないような単なるフィーリングだから・・・、

もしも、じゃあ証明してよって言われても、

自分が自分なのを証明も出来ないし・・・」

・・・などと思っていたからでした。

 

しかし、自分がイシキ的になって「決めた」とき、

確かにその体感が訪れ、その体感が訪れると、

それは、自分にとっては揺るぎなき「真実」になって行くというわけで、

すると、スピリットたちがいうには、

「やがては、真実と成ったものの体験がやってくる」・・・とのこと。

 

だから、「決める」⇒「体感」⇒「体験」という順番になるのかな?

体感も体験も、コトバにはならない感覚なのかもしれませんが、

だから、それがどういうものかを、

みなさんに語ることは出来ませんが・・・、

 

とにかく、「決めることはすごいよ〜やってみて〜」

・・・ってことで、書いてみました。

 

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猫集会

2012/01/23 18:09

猫集会

 

愛・必要性を超える・・・を書いて、

様々な場面で、必要性を手放し続けています。

 

最近は、あまり必要性を感じることも少なくなり、

たとえば、雪かきも違う感覚でやっているような気がします。

 

あまりコトバにすると、それがまた感じたことと違ってくるので、

うまく言えないでいます。

それに、超えました・・・とか、わかりました・・・とか、

悟りました・・・というのは、何だか違うナという気がするのです。

 

そして、先日のメールの方に「猫集会」のお話を聞いて、

それが、楽しそうだったのでこだまちゃんの絵にしました。

詳しくはいきさつを、またメールから移してみました。

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kodama メールより ・・・

 

将来もしも出来たら、「こだまなくらしハウス」を作って、

みんなとそこでただ遊びたいナと思います。

何かを教えたり学んだりするのではなく、

ただ、みんなでマイムマイムを踊ったり、

お散歩したり、温泉に行ったり、

なんか一緒に作ったりしてアソビたいのです。

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返信メールより・・・

 

「こだまなくらしハウス」、楽しそうだなぁ。

是非誘ってください。

私もそんな空間を夢見ています。

 

最近、同業の仲間が無目的に集まる会が出来ました。

そこで入手したものや気づいたことをシェアするのです。

みんなシェアリングの楽しさを知っています。

たまに物々交換会をやります。

不定期で思いつきでほぼファミレスが舞台です。

 

世話役はいてもリーダーはいません。

江戸の「連」のようなものです。

一応、会の名前はあるのですが、私達は猫集会と呼んでいます。

 

猫集会に集まる猫たちは

特別な目的(必要性)を持たないのだそうです。

集まりたいから集まるのだと。

だだ、なーんとなく集まって、

なーんとなく一緒に過ごして、

なーんとなく解散するのだと。

私もみんながなーんとなく自由に集って

楽しめる場所が欲しいと感じています。

___________________________________________________________

kodamaメールより ・・・

 

猫集会・・・いいですね、

必要性を持たない・・・彼らは「ただ在る」からでしょうね。

 

実はわたしもいまちょうど、この必要性を手放し続けているところです。

必要性は様々な感情感覚と少し違い、

嫌な気分などはあまりもたらさないので見えにくい、

・・・故に手放しにくいです。

 

猫達をイメージしたら楽しそうだと思えてきました。

ありがとうございました。

___________________________________________________________

 

・・・と言うわけで、こだまちゃんも猫集会に出かけてみましたヨ。

そしてネコさん達と、なーんとなく一緒にいて、

なーんとなく「ただ在る」しています(笑)。

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凍結

2012/01/20 16:49

先日井戸が凍って、復旧作業にパソコンと台所を行ったり来たり、

夜になってようやく、復旧しました。

 

最近は雪は降らないのですがとても寒いのです。

その日の朝は零下15度くらいになったのでしょう。

 

北海道などから比べたら大したことないのでしょうが、

暖房の設備が違うので、家の中はまるで冷蔵庫です。

そして、水が出なくなって・・・というわけです。

けれど「終わり良ければすべて良し」

・・・井戸復旧でお祝いしました・・・なんでもパーティーです。

 

そして寒いせいか亡くなる方が本当に多いです。

まだ1月終わっていないというのに・・・、

知っている人だけでもお葬式が6回、その内3回は出席・・・、

みんなカラダを置いて行ってしまいます。

 

でも、最近は「いなくなった」と考えるのを止め、

「いる」・・・と決めることにしました。

悲しく感じるとすぐに「いる」・・・と置き換えです。

 

決めると、本当に様々な体感がやってきます。

この「決めること」については、ただいま醗酵させているところ・・・、

そして、一歩ずつ歩んでいるところ・・・、

そして、いつかメッセージが見えてくることを感じています。

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雪下ろし、書き下ろし

2012/01/16 17:49

先日は雪がちょっと多くて、しっかり雪かきに励みました。

また今日は、小屋の屋根にたまった雪をやまびこくんと下ろしました。

二人でやったら早かった・・・、そして、汗もたっぷりかきました。

 

さて、中々ブログ更新できずにいましたが、

実は色々感じていたことが整理がついていなかったからでした。

 

それが、昨日いただいたメールの返事を書いていて、

私が、最近感じていた事をやっと文章に出来ました。

 

そして、書いたことによって雪降ろしの様に下ろすことが出来、

自分自身でこれから使うことが出来る気付きとなってくれました。

 

・・・というわけで、書くことで下ろせたので、

「雪下ろし」・・・「書き下ろし」なのでした。

・・・で、今日の晩御飯には「大根下ろし」を食べることにします(笑)

 

本当に絶妙なタイミングだったので、

その方にお願いしてここでシェアさせていただくお許しを頂きました。

以下はそのメール交換の内容です。

____________________________________________________________________________

はじめまして。

昨年の暮れからこだまさんのyoutubeを聞いております。

これはたまたま(としか言えないのですが)動画を発見したのでした。

 

少し自分語りをさせて頂けますならば、私は幼い頃からこの世界に

違和感を覚えていたのでした。 強烈な存在的苦痛がありました。

幼少期の風景は殆どが陰鬱と恐れで彩られていました。

 

青年期に入ってそれらへの反逆が始まり、

武術や気功やヨーガに明け暮れ、後に野口整体の指導者となり、

あるメッセージでそれを離れ、

今は篆刻家(書道に使うはんこです)として暮らしています。

 

30歳直前、クリシュナムルティの著作で大疑団を抱えてバシャールやエクトン、

バーソロミューなどのチャネリング情報を徘徊し、40の頃また疑団を蘇らせ、

このままじゃ生きてはいけないな、と思いました。

 

そんなある日この創造の源に対し異議申し立てをしたことがあったのでした。

「人間はさまざまな苦しみ、恐れ、不安を

全て乗り越えないと幸せになれないと言うのか?」

「もしそうだとしたらそれは出来損ないである」

「そのような出来損ないの存在など私はいらない、そっくりお返しします」

 

道すがら、空に向かい実際に声に出して申し立てをしました。

すると頭の真ん中で何かが弾けたのでした。

 

「それは違う」

「苦しむ必要などなにもない」

「おまえはそのままでいい」

 

3年ほど前から疑問の残滓が疼き始め、また探求が始まったのでした。

すると次々とそれらの疑問が一点のかげりもなく氷解したのです。

 

「この世界は愛でしか出来ていない、1しかない」

「苦しみとは意識が逆転した一種の錯覚である、ゆえに実在しない、

それは単に逆転による体験としてだけある」

「全ての感情は愛の屈折である」

「愛の屈折率が不快感を齎している、それはメッセージである、

しかしこの屈折も 架空でしかない」

 

それらのインスピレーションをある掲示板に吐き出し続けたものです。

昨年の暮れ、私が体験してきたさまざまなことは

全てこの気づきへ向かっていたこと、

そしてそれらの事々は私が幼い頃から知っていたと気付きました。

 

そのとき、そろそろ体験を迎えよう、と言った直観が来ました。

画餅は飢えを満たさず、いくら頭で理解してもあり方は変わらない。

感覚だけが重要だ、と。

そしてこだまさんの動画を発見したのでした。

 

びっくりしました。

私が受けたそのメッセージが実際の音声となって流れてきたのです。

その内容を聞いて私はこれまで一切の事柄が一点に結ばれたのでした。

 

私はこだまさんのささやきとともにそれを体験したいと思っています。

HPには文章が既にあるようですが、

どうぞ音声メッセージをお続けいただきたく存じます。

 

これは私の単純な願いであり、安寧は私の内にあることを私は知っております。

また多くの人がこのメッセージで目を覚ますことができると確信しています。

 

こだまさんは過去、これは自作自演かと思われたとの事ですが、

ここに書かれていることは全て真理です。

 

ほんとうにありがとうございます。

____________________________________________________________________________

始めまして、素晴らしいメールをありがとうございます。

 

昨年10月に一旦メッセージを書き終えて、

やっと絵に集中出来ると思っていたのですが、

ある日ふと録音配信したいという感覚があったので、

それに抗わず、始めてみました。

 

どうなるかはわからなかったけれど、

自分自身を前に進めるためにやろうと思ったのです。

 

でも、始める前は、もしかしたらどこかの出版者に

本にしてもらえるかもしれないのに、 録音配信ってことは、

もうまったくの著作権放棄か?オイオイ・・・ などという考えも浮かんだのですが、

 

私の中の4歳児が、「GO!」サインを出すような気がしたので、

もうそんなことどうでもいいや、いっちゃえ〜、やっちゃえ〜

・・・と突っ走ることにしました。

 

だってこの世界を超えて行くことの方が今の私には大切だから・・・。

(もちろん、その為には全て受け容れ愛すことが大切だと感じています)

だから、著作権や、みんなに認められ褒められることや、使命を果たすことなどを、

全てを超えてゆきたいと思ったのです。

 

すると、ページ毎にまた新たなメッセージが付け加えられてゆきます。

だから、録音する前にまた読み直し、言い直し、書き直しです・・・

 

しかし、それに伴い自分自身の深い気付きもやってきて、

全ては自分のためにしているのだということが、

本当に確信出来るようになりました。

 

さて、私の強みはこの4歳児です。

しかし、この世界を生きて行くのに、そこから出たり入ったりしてきましたが、

もうそのままでいようかと、いま感じています。

 

私も少し自分語りをさせて頂きますと、

小さい頃(3〜4歳)、親が破産して東京に越してきて、

日がな一日道でお絵かきをしていました。

母が心労で倒れ、幼稚園に通わせる財力も、

送り迎えも出来なかったからでした。

 

しかし、それが私にとっては至福のときであり、

誰にも邪魔されず自分の想像力を駆使し、

自分だけの世界で小学生になる日まで生きてきました.。

 

そして社会に適応する為に、その後あらゆる体験をしてきたこと、

(それはあまり苦痛ではなかった・・・適応力はあるらしい)

宗教もやって、様々な人間関係も味わい、

自分自身にどっぷり浸かって過ごした4歳児は忘れ去られ、

自分から出かけてあらゆる体験・経験をしてきました。

 

そして、いまわかるのですが、

それらは全てこのメッセージを伝える為のことだった・・・、

しかし、そこに驕りも囚われも使命も付け加えてはならない、

でも人は付け加えまいと思えば、そこにイシキを集中してしまうもので、

(何故なら極性があって、ツルの恩返しだから・・・・だそうです、

見るナと言われたら見てしまう・・・笑)

 

だからこそ、私はあの4歳児の至福の時の感覚を保ちながら、

ただ無邪気にやってゆけば良いのだという気付きが、

本当にこの何日か前に訪れ、確信とも言うべき感覚が自分を貫いたのでした。

 

それでもまだ迷いが来ることもあります。

それに実際私は今、私を体験していて、人の感じ方はわかりませんから、

みんながどう受け取るのかも不安に思うこともあります。

 

しかし、こうして励ましのメールを頂くと、 本当に良かったナと嬉しくなります。

だから、私にあなたの感じたことを教えてくださって、

ほんとうにほんとうにありがとう。

 

さて、私は自分が輪廻をあまり選択せずに、何万年も天国にいた気がします。

それは幽界ではあったけれど、素晴らしい世界で、

きっとそこで遊び呆けていたのだと感じます。

 

しかし、本質の自己へと戻る為に、いま・ここに来たのだと感じています。

だとしたら、もうカラダを置いて幽界に還る事ではなく、

このままの自分で、全てに成りゆきたいと思っています。

 

今年正月元旦に、近しくしてくださった人が亡くなりました。

お葬式でみんなは死そのものを嘆いていたけれど、

私は、その人が「カラダを置いて行ってしまった」ことが

悲しくて残念でなりませんでした。

 

本当にカラダを持って行くことができるのかどうか、

そんな道があるのかさえも、まだ体験していないからわかりません。

それでも、もしもあるのだとしたら、やっぱりそれを選択したいと深く感じました。

だから、そのためにも進み続けようとおもっています。

 

これまでもずっとずっと、私の体験の為に

様々な人たちが色々な事を見せてくれました。

真逆に見えたこともあったけれど、それらがあればこそここに至ることが出来ました。

 

だから今、愛だけを感じています。

そしてもうずっと4歳児で居続けようと思います。

 

将来もしも出来たら、「こだまなくらしハウス」を作って、

みんなとそこでただ遊びたいナと思います。

 

何かを教えたり学んだりするのではなく、

ただ、みんなでマイムマイムを踊ったり、

お散歩したり、温泉に行ったり、なんか一緒に作ったりしてアソビたいのです。

 

いつかそれが実現して、あなたともご一緒して遊べたらいいなぁ〜

何しろ4歳児ですから・・・そんな想像をしています。

勇気をありがとう・・・これからもどうぞよろしくお願いします。

kodama

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新年のご挨拶

2012/01/11 12:24

皆様本年もよろしくお願いします。

ブログでの新年のご挨拶が大変遅れました。

 

雪の方はあまり積もらずに助かっていますが、

(小屋の雪は下ろせずにいますが・・・)

元旦から色々あって、あわただしく過ごしていました。

 

毎日寒いですが、お店ではもう立春のお豆が売っています。

春が来るまで雪景色を楽しみます。

それではまた・・・まずはご挨拶まで・・・。

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ありがとう★あいしてるよ

2011/12/30 09:58

動画に使いたいと思い、

久しぶりに、スピリットの絵を描いてみました。

動画表紙

 

先日新たに来たメッセージ

3・ただ愛する・ただアソブ・ただ生きる

の中で、理解出来たことがあり、それをイシキして生きてみました。

 

そして、自分がいかに「ただ愛する」や「ただ生きる」「ただアソブ」.ことに、

多くの情報を付け加えてきたかが見えてくるようになりました。

 

今でも色々付け加えようとしたり、

あるいは付け加えてきたモノが現れてきたりしますが、

いつも、すごくいい感じになってきました。

 

そしていまでは、私の内の「こだまちゃん」はいつも

「ありがとう★あいしてるよ」って言っています。

あなたの内の「こだまちゃん」はいかがですか?

 

太陽さん、お月さま、雲さん、雨さん、

そして右下は風さん(わっかりにく〜い?・・・笑)

・・・みぃんな私たちの体験を助けてくれているんですね。

 

今年は私にとっては、大変容の年でした。

みなさんはいかがでしたか?

・・・どうぞ良いお年をお迎え下さいね。

 

そして、みなさんにもこう言いたいです・・・、

ありがとう★あいしてるよ

 

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